鳴かぬなら

2013年のひとりごと
過去の駄文

鳴かない不如帰

鳴かぬなら 殺してしまえホトトギス。

信長はその短気さと気難しさ故「あぁ、あのひとなら殺してしまいそうだよネ」という印象を与え、秀吉は好奇心旺盛さ故「あぁ、あのひとなら手の込んだことをしてでもなんとか鳴かせようとするだろうな」と思われ、家康は忍耐強いという印象から「あぁ、あのひとならのんびり待ちそうだよね」と評価されていた。ぽい。

ケキョケキョと鳴けばけたたましく鬱陶しいであろうホトトギスなど黙っていてくれることに越したことはないんだが、それを言っちゃったら松浦清に悪いので言わないことにスル。松浦清の随筆「甲子夜話」に載ってた川柳なんだって!ホトトギスのやつ。無駄知識だけども。

鳴くと思っていたホトトギスが鳴かない。
いつ鳴くんだろうと見ていても鳴かない。
信長はブチ切れて殺しちゃう。
秀吉はなんかして鳴かせちゃう。
家康はただただ待ち続ける。

 

わたしなら

「このホトトギスは鳴かないホトトギスだ」とおのれに暗示をかけ、「だって鳴かない種類のやつだもん。だから絶対鳴かないんだもん。待っててもしょうがないんだもん」と言い聞かせ、「だったら籠の中に入れておいても無駄だよね?可哀想だよね?」と脳内会話を繰り広げ、籠の蓋を開けてホトトギスを空に放つ。

ホントは鳴くんだろうけど。
なんかすりゃ鳴くんだろうけど。

 

待てないわけじゃない。必ず鳴くことがわかっているのなら100年でも待つ。死ぬけど。でも鳴くかどうか、いまの段階ではわからない。鳴かないかもしれないホトトギスに正念取られて「いつ鳴くんだろう」って気持ちでイッパイになって他のことが疎かになる可能性とか考えたら、いま目の前にいるホトトギスには見切りを付けて次のホトトギスを探したほうが効率がいい。

まぁ、放った時点で次を望むかどうかは微妙だけど。

もう「鳴き待ち」なんてしたくないやい!って思ってむしろ最初から鳴かない生き物を愛でるかもしれないけど。蛇とか。ないな。

 

わたしの前でホトトギスは鳴かない。撫でても、美味しい餌を与えても、籠の場所を変えても、鳴かない。きっと鳴きたくない理由があったんだろう。その理由を追求しても悲しくなるだけだ。きっと。

だからわたしはホトトギスを放つ。なかったことにしてしまえばいい。

でも繰り返し言うけどホトトギスの鳴き声はけたたましい。ケキョ。

── 2009.02.24.

 

※ 2020年11月27日追記:これ、どこに書いたのかすら憶えていないのですが初稿が2009年の2月24日。その当時まとまった文章を書いていた場所って、mixiかFC2だと思うんだけど…Facebookかな…いや多分mixiだな…暗黒時代真っ只中に書いてるみたいだし…ちなみにホトトギスってものすごくたくさんの漢字と別名があるのですが、個人的に中国の故事で「古蜀(こしょく)という傾いた国を再興した杜宇(とう)が死後ホトトギスに化身し、古蜀が秦(しん)によって滅ぼされたことを知ったホトトギスの化身である杜宇が「不如帰去(ふじょききょ)」と血を吐くまで鳴いたことからホトトギスの口の中は赤い」という話がなんだか切なくてよいなあと思ったので「不如帰」という漢字が好きです。田植えの季節を知らせるため日本では「時鳥」のほうが馴染み深いかもしれません。