終わった

2011年のひとりごと
過去の駄文

これがひと区切り

忘れもしない去年の11月。

小さな心療内科のドアを、震える気持ちで開けました。

優しく穏やかな医師が話を引き出そうと色々ワタクシに尋ねるのですが、思考がまとまらず言葉が出ない代わりに涙が溢れた診察室。悲しそうな顔で「死なないで」と言われ「うちみたいな小さな病院じゃあもしもの時に対応出来ないから」とMRI設備のある大きな病院を紹介されました。

大きな病院に行くことはとても怖く、自分はこれからどうなって行くのだろうという絶望感でいっぱいでした。ワタクシの恐怖心とは裏腹に診察をしてくださったのはとても気さくな年配の女性医師で、このひとが助けてくれるのだろうかと思うとまた涙が止まらなくなってしまい、大丈夫ですよ、うつ病は必ず治りますからねと掛けられた言葉に更に涙が溢れるだけの小さな小さな自分。

仕事の関係で入院を断り、通院で投薬治療をすることになり、処方された薬を見ながら「自分は薬を飲まなければいけないくらい酷い状態なのだろうか」「本当に薬でこの胸の錘が取れるのだろうか」「飲み続けていればまた前のように仕事が出来るのだろうか」とさまざまな思いが頭を駆け巡り、そういう自分をまた嫌悪して底のない沼に落ちて行くようでした。

物忘れがひどくなり5分前のことを忘れてしまう。

思考がまとまらずひとの話が頭に入って来ない。

言葉が出て来ないので電話も取れない。

食事もとれず、夜も眠れない。

何かを考えるために集中しようとすると胸の錘がハッキリと感じ取れて苦しくなってしまう。死のうと積極的に思わずとも、自分なんて生きていても何の意味もないのではないかと思い続けた日々。自分が居ても居なくても、会社だって地球だって回って行く。だとしたら迷惑を掛けないで済む分、居ない方が断然ましなのではないか。

そう思い続けたワタクシを支えてくれたのは、迷惑を掛けているであろう家族であり、友人でした。

薬を飲み続けているおかげもあって、症状は随分と軽くなりました。言葉が出て来るようになり、テレビや本も短時間であれば集中出来るようになりました。今は会社勤めも出来るようになっています。

そして今年の4月の終わり、うつの原因のひとつであったある大きな出来事に決着がつきました。楽しい話ではないので詳しくは割愛しますが、ワタクシの心の一部分を大きく苦しめていたものが失くなったのです。もうその件で苦しむ必要がないという事はワタクシにとって心を軽くするためにとても重要なことでした。

現在進行形で生きていれば、しあわせなことばかりではありません。つまずいたり転んだり、回り道をしたり行き止まりだったり、決して道は平坦ではないと思います。ただこれからは、過去を清算するためではなく、未来のために生きて行けばいいのだと思えることにしあわせを感じています。

支えてくれた家族と友人に感謝を忘れずに、ワタクシは今日も薬を飲んで眠ります。