大根とねぎと柿

2000年のひとりごと
過去の駄文

なんの責任なのかと問いたい

晩御飯はおでんにしよう。大根と練り物とたまごを買って。

すると仕事から帰って来たおかんに叱られた。

「アンタ、大根買ったでしょ!」
「当たり前だ、盗って来るわきゃナイだろ?」

不毛な会話だ。

何やら、何処ぞの誰やらに大根を頂いていたらしい。しかもたくさん。

「責任取って、大根貰ってくれる人探してよ」

責任て。大根頂いたコトすら知らなかったアタシに責任て。

 

とりあえず、所帯を持っているツレに電話をしてみた。

「ウチもたくさん貰うから」やんわり断られる。

他に貰ってくれそうなツレ…誰か居ないか…

ココで思い付いたのが、ウチのBANDのギタリスト様だ。確か料理できるんだよな。大根やっつけてくれないかな。食べ物に関しては貪欲なヒトだしね。貰ってくれるかもしれないし。

 

早速電話をしてみる。

「もしもし」
「あのさ、突然なんだけど」
「うん?」
「大根、要らない?」
「……はぁ?!」

きみが驚くのも無理はナイ。つか、驚くなというほうが無理だ。一応事情を説明してみた。勿論爆笑されたが。

「うん、いいよ。頂戴。食べるから」⇐絶対笑いをこらえてた。

まぁ笑われてもいい。これで「責任」を果たせるのだから。

 

かつて「生活感がなくて素敵」と、周り(の女子)から羨望のまなざしを向けられていたまみや、「大根」を携えて、こともあろうにBANDのメンバーのトコロへ。ある種屈辱にも似たこの感覚って?

「袋に入れてあるから」と、おかんがわざわざ用意してくれた大根。袋を確かめると…あれ?

 

大根と一緒に、ねぎと柿が入ってる…

 

袋の中に、大根とねぎと柿。それを抱えるオレ…シュールだ……

案の定、袋を抱えたオレを見て、ギタリスト様大爆笑。

「ねぎまで!!」

近所のおばちゃんや所帯を持ったツレ相手ならば、ココまでの屈辱感を味わうコトはなかったであろう。

 

大根とねぎと柿を抱えるオレ。かっこ悪!

※2020年11月17日追記:当時のわたくし、普段着がステージ衣装かと見紛うばかりの出で立ちでしたので「生活感がない」というよりは「地球に棲んでいることが不思議でならない」といった、あまり褒められたものではない異様な存在として認識されており、地球にお住まいの善良な人類のみなさまと同じような振舞いをすると、とても驚かれたのでございます。恥ずかしい懐かしい思い出ですね。泣かすぞ。