愛を読むひと

愛を読むひと

ものの見事に宣言通り放置プレイに勤しんでいるわけですが、みなさまいかがお過ごしでしょうかまみやですこんばんは。

Amazon prime videをこれでもかと活用しているわけですが、大抵仕事をしながらBGV的に観ているので内容をちゃんと把握していなかったりします。ダメじゃん。

「愛を読むひと(The Reader)」という映画もなんとなく仕事のネタとして選んだのですが、途中から真剣に映画鑑賞モードに突入してしまい仕事の手が止まるという本末転倒っぷりを発揮するくらい、中盤からの話の展開がまあスゴイ。ちなみに思いっきりネタバレしますので観てないけど観る予定の方はお引取りください。

1958 年のドイツ。15歳のマイケル(デヴィッド・クロス)は気分の悪くなったところを21歳年上のハンナ(ケイト・ウィンスレット)に助けられたことから、二人はベッドを共にするようになる。やがて、ハンナはマイケルに本の朗読を頼むようになりマイケルの想いは深まっていくが、ある日、彼女は突然マイケルの前から姿を消す。数年後、法学専攻の大学生になったマイケルは、ハンナと法廷で再会する。彼女は戦時中の罪に問われ、ある秘密を隠し通したために窮地に追いやられ、無期懲役の判決を受けるのだった。時は流れ、結婚と離婚も経験したマイケル(レイフ・ファインズ)は、ハンナの最後の“朗読者”になろうと決心し、彼女の服役する刑務所に物語の朗読を吹きこんだテープを送り続けるのだったが…(C)2008 TWCGF Film Services II, LLC. All rights reserved.

― Amazon prime vide ―

序盤は「え、そんな唐突に?」というくらい、出逢って3回目でベッドインという、鑑賞者サービスなのかなあって感じで(しかも1回目は具合の悪くなった少年が家の近くまで送ってもらっただけ、2回目は少年がお礼に来ただけ)いかにも15歳のやりたい盛りの少年が36歳の熟れに熟れた女性に興味津々、女性のほうも日々の枯れ果てた暮らしに飽きて刺激が欲しかった的な、まあ原作がそうだったんだろうけど上映開始早々に筆下ろしというトンデモな展開。ここで観るのを止めると単なるAVです。

マイケルはどんどんハンナにのめり込み、ハンナもマイケルを憎からず思っているのだけど、映画という都合上原作の重要な部分をカットされてたりするからハンナが突然激怒するところなんかは「な、なんで?」と若干引き気味になるくらい意味不明。

ここからあらすじ↓

ハンナは電車で切符を確認する仕事(車掌さんみたいなものか)の真面目さを買われ現場仕事から事務仕事への昇進が決まった途端にマイケルの前から突然姿を消してしまう。当然マイケルは嘆き悲しむが、彼女のことを何も知らないため探すあてすらなく、失意のどん底でもがき続けるのみ。

やがて時は流れ、マイケルは今でいうところの法学部で法律の勉強をする大学生となり、そこのゼミで後学のためにとある事件の裁判の傍聴に行き、そこで被告人席にいるハンナを見つける。

戦時中、アウシュビッツ収容所で看守の仕事をしていたハンナは、収容所に新しい「囚人」が送られてくると、他の看守5人と一緒に「ひとり10人ずつ、60人」の囚人を選んだ。看守という仕事のため職務を果たしていただけだが、ハンナもその他5人の看守も、選んだ60人がその後どうなるのかを知っていた。

囚人を移送する際に立ち寄った教会で火災が起こり、外側から鍵が掛けられ逃げ出せなかった囚人は全員その場で焼け死んでしまう。奇跡的に生き残った母娘が逃げ出し、その娘がアウシュビッツ収容所でのことや教会での火事のことを本として出版したことからハンナの看守としての「罪」が公となる。

ハンナは「毎日新しい囚人が送られて来るのだから、収容所はすぐにいっぱいになってしまう。10人選べと言われたから10人を選んでいた。」「教会は街の中にあった。囚人の命を助けるために鍵を開けて、囚人を一般人の住む街に解き放てと言うの?」と法廷で証言する。「わたしは看守としての仕事をしていたのだ」と言うハンナ。マイケルはそれを傍聴席で見ていた。

そしてその他5人の元看守たちは、すべての罪をハンナひとりになすりつけることに。火事のとき、わたしたちはハンナの指示で鍵を開けなかったのだと、そのときのハンナの指示書があると、法廷でその指示書を差し出す。当然ハンナは異議を唱えるが、その指示書が本物かどうか筆跡鑑定のために紙とペンを目の前に置かれたハンナは、その指示書は本物で、わたしが書きましたと一転罪を認める。下された判決は5人の元看守が懲役4年、ハンナは殺人罪で無期懲役というものだった。

しかしマイケルは知っていた。ハンナが「文盲」であることを。ハンナは15歳のマイケルにいつも本を読み聞かせてもらっていた。情事の前に本を読むことがふたりのルールとなっていた。マイケルが本を読み、それを聞かせてもらったご褒美にハンナは身体を与える。それが、ふたりが出逢ってハンナが失踪するまでの日常だった。

思い出すと確かに、ハンナは自分で本を読むことも、カフェでメニューを見ることも、地図を確かめることもなかった。しなかったのではない、出来なかったのだと、マイケルは気づく。非識字者のハンナに指示書を書くことは出来ない。他の5人の元看守の策略だということは明らかだった。それをマイケルが法廷で証言すれば、ハンナの罪は軽くなる。しかし。

ハンナは、筆跡鑑定を拒み、すべての罪をかぶることを選んだのだ。

法廷で、わたしは文字が読めませんと、書けませんと、だからその指示書は偽物だと言うことだって出来たはずだ。そうすればハンナは殺人罪に問われることも、無期懲役という判決を言い渡されることもなかった。何故ハンナはそうしなかったのか。何故罪をなすりつけられたまま、ひとり無期懲役という重い判決を受け入れたのか。

結局マイケルは、ハンナが非識字者であることを証言しなかった。

ハンナは服役し、その間マイケルは一度も面会に行くことはなく、代わりに本を朗読したものをテープに吹き込んでハンナに送り続け、ハンナは刑務所内の図書室にある本を借りてテープを聴きながら文字を覚えて行く。

20年近く服役し、釈放が決まったハンナには身寄りもなく、テープを送り続けたマイケルだけが唯一連絡の取れる関係者だったためハンナを引き受けることになる。ハンナのためにマイケルは住まいと仕事を用意し、釈放の1週間前にマイケルは初めてハンナとの面会を果たすが、忘れたくても忘れることが出来ずマイケルを悩ませ続けた「初めての女性」は、ただの老婆となって眼の前に座っていた。

約20年ぶりの再会を果たし、ハンナはマイケルを見つけるととてもしあわせそうな顔になる。しかしマイケルの様子を瞬時に察知し、ハンナは「長い時間が流れてしまったこと」を理解した。

そしてハンナは、釈放の前日に刑務所内で自殺する。

貧しい労働者階級の出身で、学校に通うことも出来ず、働かなくては生きて行けない上に職を選ぶ自由もないハンナが、「仕事があると言われたので」と看守の仕事に就いたこと、職務を全うしなければいけないと思っていたこと、戦争が終わり職を替え、働きぶりを評価されたにも関わらず読み書きが出来ないことを知られたくなかったため昇進(事務職)を捨ててまで失踪したこと、そのどれを考えても「文盲であることを知られるより殺人犯であることを選ぶ」という「恥」の概念がわからなかった。すべて「仕方のないこと」でしかないように感じた。

時代が時代なのだから、同じような境遇の人間は多くいただろう。学校で学ぶことが出来ず、早くから働き始め、資格も何もないのだから仕事を選べず「収入になるのであれば何だってする」というひとは多かったはずだ。

文字が読めない、書けない。そのことを誰にも知られたくない。だからひとりですべての罪を背負う。

ハンナに「希望」があれば、また少し違ったのかもしれない。しかしハンナには「希望」や「目標」がなかったのではないだろうか。それ故に恥をかいてまで罪を軽くし、その先にある人生に喜びやしあわせを見出だせなかった。かつて恋人であったマイケルと転職(文盲であることを知られたくなかったため昇進を捨てた)を機に離れたこと、彼女の喜びやしあわせや希望はそこで潰えてしまったのかもしれない。

マイケルと過ごした日々はハンナにとってとてもしあわせだったのだろう。随分と年上であったことに引け目を感じてはいただろうが(だからこそ転職の際、黙って姿を消したのではないだろうか)、服役中マイケルの朗読により読み書きを覚え、マイケルに手紙を出しその返事を毎日待ち続けていたことからも、ハンナがどれだけマイケルを心の拠り所にしていたのかが伺える。

観終わったあと何とも言えない気持ちになるが、とても考えさせられる映画だったことに違いはない。

 

というわけで、感想文を終わります。書きたいことが上手に書けなくてもどかしい気持ちでいっぱいなのですが、興味が湧いた方は是非鑑賞してみてください。ネタバレしたあとだけど。タイタニックに出てた頃よりケイト・ウィンスレットは素敵だったよ!