ヘドロの国のアリス

ヘドロの国のアリス

書く書く詐欺師として、圧倒的一部の方々からすでに見放されているのではないかという恐怖や諦観を覚えつつ忘れた頃にひっそりと更新したり放置したり、みなさま新型肺炎大変心配ですね、まみやです。日本語が崩壊しているという正義のご指摘は真摯に受け止め横に置いておきます。

何年か放置プレイに勤しんでいたtwitterにひょっこり舞い戻ってみました。時期が時期だけに新型肺炎の話題と、それに絡めた政権批判という名の安倍叩きが散見されもうお腹一杯状態だったのですけども、殺伐としたタイムラインにリツイートされたとある本の紹介が気になり、Amazonで試し読みをしてみました。

新月(しんげつ)先生の「ヘドロの国のアリス」という本です。

救われるべき命が救われない、この国の機能不全「福祉」を赤裸々に描いた衝撃の問題作!
作者の体験をもとに書かれたフィクション。
……………………
実の母親に煮えたぎった天ぷら油を頭から浴びせられた美貌の被虐待児、兎丸愛利栖。
鬼畜の元から逃げ出し、「アリス」という源氏名で風俗嬢になるも、右半身の凄絶なケロイドのせいで客がつかない。
そんな彼女が最後に辿り着いたのは、社会の奈落の奈落──「風俗の墓場」だった。

この国が、男達が、恵まれた者達が、「人間」アリスを踏み躙る。
今日もアリスは嗚咽を殺して泣き続ける。

ー Amazon商品説明より

わたくしのストライクゾーンは結構広いほうですが、その中でもかなりど真ん中に渾身のストレートを投げられたような感覚に、とにかく試し読みの部分を読み進めました。ちっ、ここで終わりかよ!続き気になり過ぎるじゃねえか!と暴言にも似た(暴言です)感想を抱きつつ、購入しようかどうしようか若干迷いました。

わたくしには「福祉」に関する知識がないうえ、更にその「福祉」に対する関心がないというか、産まれた頃より差別を受けたことも(感じたことも)なければ、まあ学生時代にいじめに遭ったりすることはありましたが、何も人権を脅かすほどの問題に進展するような事柄でもなく、平たく言うと「福祉」という事柄に直面することがなかったわけです。そんなボンクラなわたくしが果たしてこの本を読んで、日本という国の福祉と向き合えるのか?という疑問や、知ったところで何が出来るであろうという思考停止による責任逃れ、そういった負の気持ちのほうがこの時は強かったように思います。

しばらく悩んで、何度もAmazonのページを確かめて、確かめて、確かめ…ん?kindle版のみ?は?500円?え、だったらポチってしまって挫折したら読むの止めればええやないか、という晴れ晴れとした気持ちでポチっとな。豪華に装丁されている2,000円くらいの本だという思い込み、一体どこから来てたんだろう。

 

まず結論から言うと、この本は「日本の福祉がどれくらい機能不全を起こしているのか」を、専門的見地から解決して行こうとか、日本の現行法の扱いなどを小難しく解説した本ではありませんでした。一応フィクションと謳われてはいますが、著者である新月先生の身の上に起こった「ノンフィクション」に、読者がより想像しやすいよう装飾した「フィクション」を織り交ぜることにより、現実という過酷さや卑劣さなどを増幅し、正に「目の前に叩きつける」という手法を取った本であると感じました。

ヘドロの国のアリスは、このように始まります。

アリスは顔のない女だった。
否、本当は顔がある。
半分だけあるのだ。
何故、半分なのかというと彼女の右半分はケロイドとなっており、ひどく爛れていて二目と見られないほど醜い反面、左半分はいつまでも見ていたいと思うほど美しいからだ。

ー ヘドロの国のアリス No.66 / 3054 より

この部分は多分Amazonの試し読みで読めると思いますが、たったこの数行でわたくしはいろいろなことを想像しました。アリスという女の外見、顔がないとまで表されるケロイドとはどのような状態なのか、煮えたぎった油を実母から浴びせられたから?何故そんな事態が起こり得るのだ?単なる事故ではなく、虐待で?

醜くて美しいアリスは仕事を探していました。その時の所持金はたった1,000円。住む家もなく、金もなく、信用もない。何も持たない、持たざる者であるアリスはその見た目から「普通の仕事」を望めない。行き着いた場所は風俗店。それも、客が好みの嬢を選んで一時の非日常を決して安いとは言えない金銭で買うという一般的に想像されるような風俗店ではない。

「それで、バックの説明だけど、うち、完全折半だから。だいたい、どこ行っても折半だからね。普通、女の子は六十分で七千円。あ、これはお客さんがうちに払うお金ね。で、お店が半分もらって、残り半分の三千五百円が女の子の取り分なの。でもアリスちゃんは顔半分崩れてるし、体もそうじゃない。それだとお客さんやっぱ、嫌がっちゃうからさ。そういう女の子は六十分で五千円、九十分で七千円。」

ー ヘドロの国のアリス No.185 / 3054 より

風俗店で1時間、お客さまという名の男の欲望を、身体を使って処理して得られる「対価」が二千五百円?地方のスナックで適当に常連客を相手に酒を飲んでいても得られる時給と大差ない金額だ。しかも激安風俗店の看板を掲げているだけあって所属する嬢の質はとても良いとは言えず、客からの電話が1度も鳴らない日すらあるという。電話が鳴らなければ、指名がもらえなければ、その二千五百円さえ得ることができない。この平和ボケした日本という国で?フードロスが問題となるこの国で?美しく、親切なひとが多く、清潔で、教育が行き届き、伝統文化を重んじると内外から称されるこの日本で?

しかしアリスの現実は、アリスから見えるこの国には、「差し伸べてくれる温かい手」などない。むしろ貧困層の人間など世間から「自分と同じ人間である」とさえ認めてもらえない。行く先々で罵られ、あるいは無視され、弾かれ、「人間さまの邪魔をするな」と迫害される、アリスの住む国は澄んだ空気も温かい食事も安らげる寝床もない、持たざる者にとっては正に「生き地獄」のような世界なのだ。

 

「アリス!お前のせいでお母さんが泣いとるんやで!お母さん、泣かしたらあかんやんか!」
父親は怒鳴り散らし、アリスをさらに激しく殴打した。
アリスの頭はたん瘤だらけだ。
「お前なんか産むんやなかった!お前が産まれたせいで私の人生台無しや!なんで生きとるんや!死ね!さっさと死ね!」
「だったら殺せば良いじゃない!殺せよ!」
「阿保!そんな事したら私が刑務所に入らなあかんやろ!なんでお前ごときのために私が犯罪者にならなあかんのじゃ!勝手に死ね!勝手にそこらでレイプされて死んで来い!」

ー ヘドロの国のアリス No.1445~1451 / 3054 より

アリスは産まれた時から不幸だった。母親に頭が上がらず言いなりの父親と、自分の幸せ以外はどんな手を使っても壊そうと暴れる母親。気に入らないことがあればどんな難癖でも持ち出して暴力を振るう両親。自我は一切認められず、自由は一切許してもらえない。身体からも心からもアリスは血を流し続け、「家」というのは名ばかりの「強制収容所」で家畜以下の扱いに耐えていた。生かさず殺さず、両親という大いなる権力の下、父親も母親もアリスを抱き締めることなく、罵り、嘲り、圧倒的な暴力で以て支配する。

愛するつもりもないのなら、何故産んだのか。虐待のニュースを知る度に胸糞が悪くなる。小さな命を奪った人間に「お前が死ねよ」と思ったことも1度や2度ではない。何故周りは助けないのか。何のために警察や児童相談所があるのか。法が及ばないところであげられる悲鳴は誰の耳にも届かないのか。と同時に、仮に自分の周りで泣き喚く声が聞こえたら、戸惑うことなく駆け付けることができるだろうかと自問自答する。

アリスは不幸だ。心の休まる日などない可哀想でちっぽけなこどもだった。しかしどれだけ痛くても、苦しくても、悲しくても、アリスの心臓は止まることなく規則正しい鼓動を繰り返す。死ねないのだ。死なないのだ。どれだけ打ち据えられてもアリスの身体は生きているのだ。だからこそアリスは生きる選択をしたのではないだろうか。「生きるために生きる」という最後の最後の尊厳。特に明確な夢や希望があったわけでもなく、唯ひとりだけ、アリスは「アリス」を愛し、許し、守るための唯ひとりになろうとしたのではないだろうか。

 

「ヘドロの国のアリス」は「読み物」ではない。本という形を取ってはいるが、中身は文字を通してアリスというひとりの人間を追体験する「映画」のようなものだ。

そう感じる大きな要素として、新月先生の「酷く残酷で痛々しいほど美しい描写」がある。

アリスは消え入りそうな声でぼそぼそと男に訴えた。
途端、盛大な溜息を吐かれてアリスは熱湯を浴びたように肩を跳ねさせた。
冷酷さが見えぬ壁となって立ちはだかっていた。
その壁は強大でちょっとやそっとでは崩せぬ冷徹さだった。

ー ヘドロの国のアリス No.2306 / 3054 より

アリスは絶望の谷底に突き落とされたまま。
もう一歩も歩けない。
それでも歩けと強要される。
普通の家庭に育ち、親の愛を受け、周囲の庇護を受けながら育った恵まれた人々にアリスの痛みは分からないだろう。
痛みは可視化されない。
可視化されない痛みを思いやってくれる者などいやしない。

ー ヘドロの国のアリス No.2357 / 3054 より

 

紹介したい文章はそこかしこに散りばめられているのですが、あまり引用し過ぎるのもアレなので、いやでも本当に新月先生の人間の描写は凄いですよ。なんという無慈悲な例えだ…と何度も思いました。だからこそ頭の中で想像し、映像化してしまう。自分は醜くて美しいアリスになってしまう。

なので、誰にでも気軽におススメ出来るかというと、そこは「うーん…」となってしまいます。読むひとにとっては、辛くて苦しい「体験」になってしまうかもしれない、という懸念があるからです。わたくしは「こんな生き様が日本で放置されているのか」と憤りを感じながらも、そこに描かれている情景や人間模様、会話などを脳内で映像化し、何度も読み返しては違う映像を当てはめてみたりと、随分長くこの本を読み続けました。

ただ、自分のために一所懸命生きているひとにこそ読んで欲しい一冊だとも思います。読んだ後に思うことはひとそれぞれでしょう。自分は恵まれているのだと再確認するひともいるでしょうし、下には下があると安心するひともいるかもしれません。「面白かった」「スッキリした」という内容では決してないのですが、必ず自分の中に「何か」が残る作品だと思います。

久々に真面目な文章を書いた気がするよ!それではまた気が向いたときにお逢いしましょう!