本質出るよね

ヒト日記 Returns
まじめな駄文

ヒト日記リターンズ「本質出るよね」

わたしも現場を見たわけじゃないし「真実」はわからない。当事者が発信したもので想像するしかできない。でも、当事者が発信してないことまで脳内で妄想炸裂させて人格にまで言及するのは恥ずかしいことだと思うし醜いと思う。

ちょっと整理してみよう。まずは発端となった客Aのツイートから。

今日は、銀座で夕食のはずだった。「店主Bの経営する店」というイタリアンが評判よさそうだったので、楽しみに予約しておいた。が、到着してみると、車いすだからと入店拒否された。「車いすなら、事前に言っておくのが常識だ」「ほかのお客様の迷惑になる」――こんな経験は初めてだ。
2013-05-18 19:27:20

お店はビルの2階。エレベーターはあるが、2階には止まらない仕組みだという。「それはホームページにも書いてあるんだけどね」――ぶっきらぼうに言う店主。「ちょっと下まで降りてきて、抱えていただくことは…」「忙しいから無理」「……」「これがうちのスタイルなんでね」以上、銀座での屈辱。
2013-05-18 19:34:26

── 客Aのtwitterより

 

  1. 客Aは1週間ほど前に「食べログ」を見て店の予約をした(予約はしてあるので「突然押しかけた」わけではない)。
  2. 当日19時過ぎ、客A友人C(小柄な女性)が予約店に到着。
  3. しかし予約店はビルの中にあり入り口には段差もあるため、車椅子である客Aは予約店にたどり着けない。ここで「ビルのエレベーターが予約店のある2階に止まらない」ということを客Aが知る。
  4. 自分の服装や友人Cの体力などを考慮し、客Aは予約店に入るためには店員の協力が必要だと判断。そこで友人Cが予約店の様子を伺いに客Aを残し、店内へ向かう。
  5. 友人Cは店のスタッフDに「客Aを店まで運んで欲しい」と頼む。スタッフDは「いまは忙しいが、手が空いたら行く」と了承する。友人C客Aの元へ戻る。
  6. 客A友人Cは10分ほどビルの入り口で待ったが、スタッフDが来ないため様子を見に再び友人Cが店内へ。そこでスタッフDが「ようやく一段落したので」と客Aを迎えに行こうとしたが、店主Bがそれを遮る。
  7. 以下友人C店主Bの会話
    B「車椅子のお客さまは事前にご連絡いただかないと対応できません」
    Cあ、でも、車椅子は置きっぱなしで、友人の体を抱えていただくだけでいいんですけど
    B「他のお客さまの迷惑になりますので」
    C車椅子のひとが来たら、迷惑ってことですか?
    B「そういうわけじゃ…とにかく、うちは店も狭いですし、対応できません」
  8. 友人Cは泣きながら客Aのもとへ戻り、店内でのことを説明する。
  9. その時店主Bが、客A友人Cのいるビルの入り口にやって来る。
  10. 以下客A店主Bの会話
    B「エレベーターが2階には止まらないって、ホームページにも書いてあるんですけどね」
    A「ああ、そうでしたか。僕、今回は「食べログ」を見てお電話したので…」
    B「何を見たかは知りませんけど、予約の時点で車椅子って言っとくのが常識じゃないですか?」
    A「いや、それが常識なのか、僕にはわからないです。そもそも、僕はこれまで一度もそんなことをせずとも外食を楽しんできましたし」
    B「いや、常識でしょ」
    A「じゃあ、それが本当に常識なのか、広く世に問うてみましょうよ」
    B「ええ、どうぞ」「これがうちのスタイルなんで」
  11. 客Aがtwitterにその出来事を投稿(19時27分)
  12. それを見た第三者(客Aのフォロワー)店主Bに突撃。
  13. 事態を把握した店主Bがtwitterで客Aに謝罪(21時20分)
  14. それを受け客A店主Bに謝罪(21時36分)

「車いすのお客様は、事前にご連絡いただかないと対応できません」
「あ、でも、車いすは置きっぱなしで、友人の体を抱えていただくだけでいいんですけど」
「ほかのお客様の迷惑になりますので」
「車いすの人が来たら、迷惑ってことですか?」
「そういうわけじゃ……とにかく、うちは店も狭いですし、対応できません」

「エレベーターが2階には止まらないって、ホームページにも書いてあるんですけどね」
「ああ、そうでしたか。僕、今回は『食べログ』を見てお電話したので……」
「何を見たかは知りませんけど、予約の時点で車いすって言っとくのが常識じゃないですか?」
「いや、それが常識なのか、僕にはわからないです。そもそも、僕はこれまで一度もそんなことをせずとも外食を楽しんできましたし」
「いや、常識でしょ」
「じゃあ、それが本当に常識なのか、広く世に問うてみましょうよ」
「ええ、どうぞ」「これがうちのスタイルなんで」

── 客A公式ブログ「イタリアン入店拒否について 2013年5月21日」より 会話部分抜粋

 

客A店主Bの「心の中ではこう思っていた」という部分を省くとやけにシンプルな出来事だ。そして当事者の主観を省くと、いくつか気になる点が。

7.の会話、おかしくね?
この会話自体、書き起こした客A友人Cからの伝え聞きなのでどこまで正確なのかわからないが。

B「(店側の介助が必要な)車椅子のお客さまは事前にご連絡いただかないと対応できません」

友人CスタッフDの遣り取りを見かねた店主Bの、店主として極めて真っ当なセリフだ。何も店主はここで「グダグダうるせぇな、一昨日来やがれ」などとブチ切れたわけではない。飲食店だろうが服飾店だろうがホテルだろうが、もてなす側の責任の範疇を超える部分に関して、店としての立場を明確にするのは至極当然だろう。

C「あ、でも、車椅子は置きっぱなしで、友人の体を抱えていただくだけでいいんですけど」

……(車椅子であるという)事前連絡を受けていないので対応できかねる、と言った店主Bに対し、随分的外れな要望を述べる友人C。車椅子を置きっぱなしにするかどうかの判断をするのは所有者である客Aであり店主Bには無関係だ。それなのに何故「客Aの体さえ抱えてくれれば、車椅子にまでは気を使わずともよい」という、論点のズレた発言が出るのだろう。

店主Bは車椅子の重さや大きさを問題にしているのではない。心の準備も受け入れ態勢も整っていないから、もてなせない、と言っているのだ。

B「他のお客さまの迷惑になりますので」

店に客を残し、スタッフD客Aを運ぶことにのみ従事した場合、その間残された他の客は何のサービスも受けられない。たった5分の間だったとしても、その5分は間違いなく客A以外の客は放置されるのだ。そこに「放置される側の客の優しさ」は関係ない。現象として「放置される」という事実があるのだから。

上記店主Bの発言の意図は「(車椅子のひとが来たら)他のお客さまの迷惑になる」ではなく、あくまで「もてなす側」からの視点で「お客さまに迷惑をかけたくない」という主観。実際に迷惑かどうかなんて、客の性格や生き様や環境によるのでいくら「店の主」といえども見通せることではない。

C「車椅子のひとが来たら、迷惑ってことですか?」

飛躍し過ぎである。

「車椅子のひと(障害を持つひと)が迷惑」なわけではない。対応しきれないことが予測される状況で、安易に引き受けるとそのしわ寄せが余所に行く、ということを店主Bは懸念しているだけだ。友人Cのこの発言が、会話の流れが、客Aのブログに書いてある通りのものだとしたら、むしろ差別心を持っているのは友人Cではないだろうか。

事前の準備ができていないので対応できない、という店主Bの発言を「障害者だから対応できない」と受け取るのは、常に「車椅子」を「特殊なもの」と考えているからではないだろうか。

仮にこれが障害者ではなく、「平坦な道なら歩けるが階段をのぼることができないお年寄り」だった場合、店は(店主Bの発言の意図が前述通りだったとすれば)変わらず「対応できない」し「他のお客さまの迷惑になる」から断るだろう。しかしここで「お年寄りが来たら、迷惑ってことですか?」と訊ねるひとが果たしてどれだけいるだろうか。少なくともワタシは訊ねない。

友人Cに差別心がないとするならば、介助の協力を断られたことに対して泣く理由などどこにもない。楽しみにしていたディナーが食べられないことへの悲しみから、だとすればわからなくもないような気もしなくもないが大のおとなが泣く理由としてはかなり無理がある。赤子か。

「大切な友人である客Aが障害者だということを理由に入店を拒否された」と思うからこその涙ではないだろうか。障害に対してニュートラルな考えの持ち主であれば、そこは泣くところではない。「店側の介助が必要な場合は事前に言ってもらわないと対応できない」と言われただけなのだから「そうですか、じゃあ今度はそう言って予約します」で丸くおさまる。

……ちなみに拒否されたのは「入店」ではなく「介助」である。

B「そういうわけじゃ…とにかく、うちは店も狭いですし、対応できません」

ここまで店主Bの言動を好意的に受け止めて来たが、ここで台無しである。

「車椅子のお客さまは事前にご連絡いただかないと対応できません」

じゃあ事前に言えば対応できるわけだ。店主Bの言い分(twitter引用部)にもあるように入り口に近い席を用意する、他の客の入店時間を調整する…

……店も、広くできるのか?

客A様、私のスキルがなかったばっかりに本日は御無礼申しわけありませんでした。少ないスタッフで営業しており、大変失礼なんですが、車椅子のお客様は事前に御連絡いただけないと対応しきれない作りになっております、
2013-05-18 21:20:07

事前に事情がわかっていれば入り口に近いお席にご案内して入店のストレスを軽減したり、ほかのお客様の入店時間をずらしてスタッフがご案内できる余裕を持たしたり対応させていただきました。本日は他のお客様のご案内が立て続いておりまして客A様には大変ご無礼でしたが
2013-05-18 22:27:55

ご案内が困難と判断しお断りさせていただきました。お気分をがいされたと思いますが申し訳ありませんでした。もし次回タイミングが合いましたら是非宜しくお願いいたします。
2013-05-18 22:32:28

── 店主Bのtwitterより

 

いやいや店主、事前に言ってあったとしても、店の狭さは変わらんだろう。サイトのインフォメーションにも「店内に段差があり、店内に余裕がなく、車椅子をおくスペースがない」と説明があったが、店主の言う通りなら事前に言えば店内の段差は消えるし店内に余裕ができて車椅子を置くスペースまで用意できるかのようである。店の狭さと、事前連絡には、何の関係もない。

「スムーズに案内できるか否か」に焦点を絞って釈明すればよかったものを、店の狭さや造りに対しこれでもかと言及している店主の意図は「客Aの介助を断ったこと」に対する「敵(主にtwitterフォロワー60万人を抱える客Aの信者)への言い訳」をなんとか増やし自己を正当化したい、それだけである(※)。

まあ、店を貸切にして不要なテーブルや椅子を店の片隅に積み上げスペースを確保する、という手がないわけではないので、それを考えると「店を広くする」ことも可能なのかもしれないが、「事前に事情がわかっていれば入り口に近いお席にご案内して入店のストレスを軽減したり、ほかのお客様の入店時間をずらしてスタッフがご案内できる余裕を持たしたり対応させていただきました」と店主が言っている以上、店の狭さは今回の件に関して言えば、さほど重要ではないし問題でもない。そもそも客Aも友人Cも100Kgを超える車椅子をエレベーターのない2階の店内に持ち込もうとはしていない。

そして客Aのブログによれば、8.の時点ではまだ店主Bに対して悪い感情を抱いてはいない。ここで終わればたいした波風も立たず、客Aは「自分のせいで友人Cに迷惑かけちゃったな」という配慮もできるナイスガイ、今度は事前に車椅子であることを告げて来店しようね、でめでたしめでたしだったわけだ。

そうであれば客Aに落ち度はない。店主、ちょっと融通利かなくね?で済んだ話。どこにも「障害者差別」などというものなどないのだ。友人Cの胸の内以外には。なのでこの件を「障害者差別」として論ずること自体、そもそもおかしな話。

しかしここから事態は急変する。

何故店主Bは忙しいはずの仕事の手を止めてまで、友人Cを追ってビルの入り口に降りて来たのか。「事前の準備ができていないので対応しかねる」と言った店主に「じゃあ今度は事前に連絡するので対応してください」と友人Cが引き下がれば、店主Bが友人Cを追う必要も理由もない。わざわざ追って来たということは、店主Bには追うだけの理由があったということになる。

友人Cが泣きながら店を飛び出した、友人Cの態度に納得がいかなかった、友人Cが泣き出したので後味が悪かった、いずれにせよ何か理由があったのだろう。理由も必要もなければ、客Aに「(入口まで降りて来て話す)その余裕があるなら、ご対応くださっても……」と思われても仕方あるまい。

B「エレベーターが2階には止まらないって、ホームページにも書いてあるんですけどね」

客のすべてが店舗の公式サイトを確認していると思ったら大間違いである。

A「ああ、そうでしたか。僕、今回は「食べログ」を見てお電話したので」

当然こういう客もいるだろう。食べログはそのためにあるサイトなのだから。自サイトじゃ足りない部分を外部サイトに担わせているのだから、食べログの店舗情報にも必要な情報を記載して(もらって)おくべきじゃないのか?

B「何を見たかは知りませんけど、予約の時点で車椅子って言っとくのが常識じゃないですか?

…本当に店主Bがこう言ったのだとしたら、少々店主Bの神経を疑われてもしょうがないだろう。見てもらうために自サイトを作り、更新し、食べログに登録してまで店のアピールをしているにも関わらず、そのおかげで集客できたことをまるで「自分には関係ない」と言わんばかりのセリフを放り出すオーナーがこの世にいようとは。

ちなみに、予約の時点で「車椅子です」と告げるのは、常識ではなくマナーの類だとワタシは思う。「小さいこどもがいる」「女性5人で」「静かな席で」など、予約の際に条件や希望を述べるのは、店や他の客に迷惑がかからないようにという配慮と、自分たちが快適にその時間を過ごせるようにという準備であり、「一般の社会人が共通に持つ、また持つべき普通の知識・意見や判断力」とは若干異なる。と思う。気がする。

A「いや、それが常識なのか、僕にはわからないです。そもそも、僕はこれまで一度もそんなことをせずとも外食を楽しんできましたし」

客Aがいままで「外食を楽しんで」来られたのは、客Aの預かり知らぬ所で他の人間が配慮をしてくれていたおかげであり、自分は配慮などしたことがない、と言い切って見せるのはいささか恥ずかしいことではないだろうか。予約の際「車椅子なのですが」と伝えることが常識だとは思わないが、伝えないことが当然であるともまた思わない。店や他の客に対する配慮を「そんな(面倒な)こと」と言ってしまう辺りが「弱者を気取った強者」「車椅子の王様」「横暴極まれり」と言われたのだろう。括弧内はワタシの印象なので、別の言葉を入れてくださっても構いません。でも会話の流れから察するに、ポジティブな言葉は入らないと思う。「そんな(素敵な)こと」とか「そんな(立派な)なこと」とか。

B「いや、常識でしょ」

A「じゃあ、それが本当に常識なのか、広く世に問うてみましょうよ」

B「ええ、どうぞ」「これがうちのスタイルなんで」

残念なことに客Aが「広く世に問うた」のは「予約の際、車椅子であることを告げるのは常識か否か」ではなく、「ムカつく店主Bと自分、どっちが馬鹿なのか」である。

客Aはいましがた起きたことをtwitterでつぶやいた。のちに客Aがしたためた「詳細な経緯」での心情などまったく想像も付かないくらい、そのツイートは悪意に満ちていた。140文字以内という制限のあるtwitterで物事を伝えるには余計な情報は削ぎ落とし、簡潔な文にしなくてはならない。しかし「簡潔にすること」と「事実を曲げること」はまったく異なる。削ってはいけない部分を削ってしまうと、物事は正しく伝わらない。しかしその時の客Aには正しく伝える気などなかっただろう。

客Aのツイートを読む限り、そのレストランの店主Bは客Aが車椅子であることを理由に入店を拒否した、となっている。それが本当ならば許されないことだ。しかしのちに客Aの書いた詳細な経緯を読んでみると、客Aの最初のツイートとは随分と印象が異なる。

店主Bが拒否したのは「入店」ではなく「介助」だ。仮にいつものように客Aのスタッフが同行し、客Aを店内まで案内することができていれば、まさか店主Bもそれを叩き出したりはしなかっただろう。

事前連絡のない、店主Bが思う常識から外れた行為に及ぶ者。店主Bからすれば、決して愉快な相手ではない。その時点で客Aは店主Bにとって「常識外れの人物」なのだ。それだけですでに客Aにも非がある。しかしあたかも自分には1mmの非すらないような顔で客Aは一方的に相手を吊るし上げた。一方的な言葉で。

客Aの熱心な信者や、他人の不幸が美味し過ぎて堪らないヤカラたちは店主Bを批判した。twitterで、メールで、電話で。客Aの言うことにビタイチ疑いを持たず、一方的に店主Bを悪だと決め付け、嫌がらせを行った。

さて。

60万人のフォロワーを持つ客Aは、自分の一方的なつぶやきを読んだフォロワーの中から、店主Bの店への営業妨害を働くどあほうが出てくることをまったく想像していなかったのだろうか。「超えちゃいけないライン」を考えられるひとであれば、そのような愚行に手を染めるはずもないので、もしかしたら客Aには想像できなかったのかもしれない。まったくの部外者が店に無言電話をかけたり、電話で店主Bを罵るなど「常識的」に考えればあるはずがないのだから。

では、twitterで店主Bを誹謗中傷する者が出て来ることは、想像できなかっただろうか。

…想像できなかったのだとしたら、とんだお馬鹿さんである。

いままで、客Aに弓を引いた者が客Aの熱心な信者によって叩きのめされtwitterから追われる様を、客Aは幾度となく目の当たりにして来たはずだ。客観的に客Aが正しいか否かは問題ではなく、客Aを正しいと信じて疑わない第三者によって、心無い言葉を浴びせられ精神的に追い詰められ、逃げるしかなくなったひとたちを。

客Aはリアルで店主Bの店舗を熱心な信者に攻撃させ、営業妨害をするよう仕向けるつもりはなかったはずだ。しかしtwitterで店主Bに対し怒涛のリプライが付くことくらいは想定済みだっただろう。想定できて当たり前の過去の経緯がある。

それを踏まえて言うなら、今回の客Aによる「twitterで店名晒して吊るし上げ」は、大人気ないし格好悪い。店主Bに同情の声があがるのも当たり前だ。自分の発した言葉による他人への被害の責任を取れない客Aは、一方では立派な加害者なのだから。

だからといって、

まるで自分自身が多くの賛同者を得たかの如く、ここぞとばかりに客Aをこき下ろしている脳味噌の慎ましいヤカラには正義もへったくれもない。文脈も読めずお門違いな批判をしているヤカラは多数派であろうとイタイことに変わりはない。オノレの脳味噌の容量が乏しいことをそこまで披露しなくともよいのではないか。

 

※ 2020年11月25日追記:当時このイタリアンの店主がお店の公式サイトで客Aに対する謝罪文を掲載していたのですが、どこをどう読んでもファンネルからの攻撃をなんとかおさめたくてもうとにかく謝るから許してくださいでも店の造りも考慮してスタッフの未熟さも考慮して僕の苦労も考慮してくださいごめんなさい!という防衛本能しか伝わって来なかったことを覚えています…可哀想といえば可哀想だったな…

ちょびっこ蛇足

twitterでワタシが引用した

客Aが取締役の保育園「まちの保育園」
そこの入園募集要項に「集団生活に支障があると判断した場合には入園をお断りすることがございます。」の一文が。障碍児とは書いてないものの集団生活に支障がある人を差別してるのではないか?

これに関してはもう「気は確かか?」以外にかける言葉が見つからない。

「集団生活に支障がある」と判断されたこどもを、それは差別だからと「集団生活に支障のないこども」の中に放り込んで同じような振舞いをさせることがそのこどもにとってしあわせだとでも思ってんのか?一切の区別なく、とにかくみんな同じ環境で育てることが、差別のない素晴らしい環境だとでも思ってんのか?

みんなと同じようにできないことが、心の傷になることだってある。みんな対等で平等で、同じものを、同じ環境を与えることが差別のない清浄な世の中だとか思ってんじゃねえ。学校に「特別学級」があることの意味を考えろ、スカタン。

 

今回の「イタリアン入店拒否」に関して、有意義な議論を交わしているコミュニティもあると思う。しかしそれは、今回のことに限定して差別だなんだと論じるのではなく、それをきっかけにバリアフリーとはなんぞや、という展開を心掛けないと、結局は感情のぶつけ合いで終わってしまう。

日本人のバリアフリーに対する姿勢や考えは、まだまだ諸外国の足元にも及ばない。でもそれは「発展途中」にあるだけで、これでいいと思っているから立ち止まっているというわけではない。草生やして有名人disってる暇があるなら、身近なものに対してもう少し真摯に向き合えばいいと思う。

 

ああ…長かった…書いたワタシも疲れたが、読んだあなたもお疲れでしょう。

読んでくださって本当にありがとう。