ヒト日記リターンズ「命の選別」
1ドル98円程度の円安で「通貨切り下げをやめるよう圧力をかけ続ける」なんてメリケンの財務省もたいした小物ですね。その昔GHQが設定した単一為替レート、いくらか知ってますよね360円だこのやろう。その状態が22年間も続いたのですから、まだまだ余裕じゃないですか大統領。まみやですこんにちは(唐突)。
出生前診断とは
血迷える仔羊のみなさんは「出生前診断(しゅっせいぜんしんだん)」というものをご存知でしょうか。ものすごく色々端折って言うと「妊婦さんの血液を調べ胎児の染色体異常の有無を知る」ための検査・診断です。端折るまでもなかった。
これ、一体何のためにする検査だと思われますか?
検査自体の目的は「胎児に染色体異常がないか調べる」というものです。
では「何のために調べる」のでしょうか。答えは簡単です。両親が、産まれて来る(はずの)赤子に異常がないかどうか知りたいからです。では、何故知りたいのでしょう。
ここでふたつほど、とあるニュースをお読みください。読んだら戻って来てね!

上記ふたつのニュース、わたしは何を言っているのかサッパリわかりませんでした。
同協会は要望書で「この検査がダウン症の人の差別につながることを強く危惧する」と懸念を表明。
── ダウン症ニュースWeb
※当時の内容と変わっているため、現在は上記文章は削除されていますが、下記URLにてご確認いただけます。
は?差別?検査が?なんで?
これから産まれて来る(はずの)我が子の状態を知ることが、何故すでに産まれているダウン症のひとを差別することになるのでしょう。
まったくもって意味不明です。まだメリケンの「円安やめろよ!」のほうがわかりやすいくらいです。差別云々と言うのであれば、下のニュースに出て来る弁護士先生の
「ダウン症児などは、この世に貢献できない悪しき存在として、その生命を抹殺してもよいというのでしょうか。 健常者のおごり高ぶった姿勢の現れといえるでしょう」
── 弁護士ドットコムニュース
この発言のほうがよほど差別的ではないでしょうか。
出生前診断を受け、胎児に異常が見つかり、中絶を選択した妊婦の中でどれだけのひとが上記弁護士先生が妄想したように「ダウン症なんてこの世に貢献できない悪しき存在なんだから抹殺しなくちゃ」と思ったでしょうか。
では、診断を行う病院側はどうでしょう。病院側は「ダウン症なんてこの世に貢献できない悪しき存在なんだから抹殺しなくちゃ」という理由から検査をするのでしょうか。馬鹿も休み休み言え。
正常に働く脳味噌をお持ちの方にはおわかりいただけると思います。誰も前出の弁護士先生が妄想したような感情など持っていないのです。
確実に守られるかはわかりませんが、この出生前診断は
- 高齢妊娠である
- 以前染色体異常の子を妊娠したことがある
- 夫婦いずれかが染色体異常の保因者である
という条件のもと行われる検査です。すべての妊婦が「障害児を産みたくないから」という理由で以って受けられる検査ではありません。
では「命の選別」という観点ではどうでしょうか。
障害児を望む親はいるのか
誤解をおそれながら言いますけど、ダウン症協会の方々はダウン症の人口を増やしたいのでしょうか。ダウン症の子を持つお父さん、お母さんは、同じようにダウン症の子を持つお父さん、お母さんが増えることを望んでいるのでしょうか。増えて欲しいとして、その理由は?仲間が欲しい?自分たちばかり辛いのは我慢ならない?胎児の生きる権利の尊重?
わたしはダウン症だけでなく、赤子はすべて障害を持たず元気に産まれ健やかに育って欲しいと思います。障害の種類や程度の差はあれ、何かしらの不都合があると現在の社会で生活を営むためにさまざまな困難があると思うからです。
こういうことを書くと、障害児をお持ちのご両親から「うちの子は可哀想なんかじゃない」「障害だって個性のひとつだ」などという、菩薩のような抗議の声が上がりそうですが、考えてもみてください。
我が子に障害があるとわかった時、嬉しいと思いましたか?自分のせいでこどもに障害があるのではと、自身を責めたことはありませんか?障害だって個性のひとつだと、自身に言い聞かせたことはありませんか?うちはうち、と開き直る努力をしたことはありませんか?こどもを見ながら悲しさや悔しさや申し訳なさで泣いたことはありませんか?
こどもを授かったと知った時、障害児であることを願う親はいません。誰だって、五体満足な子を望むでしょう。それは、経済的な理由や自身の精神的な理由ばかりでなく、産まれて来る子の「無条件なしあわせ」を願うからではないでしょうか。
障害児のご両親が「障害は個性のひとつ」と思えるようになるまでにはさまざまな不安や困難があったと思います。それを乗り越えて来たからこそ、ありのままの我が子を愛しいと思えるのであり、そこまでの道のりを含めての「個性」であるとわたしは思います。
こどものしあわせ
母体保護ではなく胎児の人権を考えるべき、障害は法的に中絶の理由にはならない、産まれてはいけない命なんてない。
言うだけならその辺の小学生にも言えます。果たして人間という生き物は「産まれれば」それだけでしあわせが約束されるのでしょうか。我が子を虐待死させる親や育児放棄をする親を見て「だったら産むんじゃねえよ」と思ったことはありませんか?大富豪の家に産まれた子と、中流家庭に産まれた子が同等の生活水準を満たすと思いますか?せっかく授かった命だからこそしあわせにしたいと思うのは当たり前じゃないでしょうか。
障害がなければ保育園に預けて共働きで子育てができるけれど、障害があると保育園に預けることができず両親のどちらかが働けない。そうなると経済的に生活が苦しくなる。そういうひとにも「産まれてはいけない命なんてないのだから爪に火をともすような厳しい生活になることがわかっていても産むべきだ」と言えますか?生活が破綻した場合、誰かが代わりに責任を負ってくれますか?
家庭の事情はさまざまです。個人の心の成熟度もそれぞれです。通り一遍の理想論をすべてのひとに当てはめられるわけがありません。産んでもしあわせにする自信のないひとには、産まないという選択肢がなければ不幸なこどもが増えるのです。出生前診断ののち、中絶を希望するひとを、まるで親の仇のように責め立てる声がありますけども、それは他人事だからこそできることです。少なくともわたしにはそう感じます。
やっぱりひとそれぞれ
出生前診断を受けて染色体に異常がありますよと言われ、それでも産むと決めて産まれるまでの間に心の準備や環境整備ができるひともいれば、障害があることによって予測される困難を受け入れられない、乗り越えられないというひともいます。けれどもそれは「ダウン症はダメ」「障害児はダメ」という差別的な話ではなく、もっと根の深い理由があるからで、決して「世の中に貢献できない悪しき云々」などと安全な場所から他人を貶めるような、そんな醜い考えからではないと、わたしは思っています。
── 以下注釈
※ 医療現場の人間はともかく、病院を経営する側にしてみれば、出生前診断は単なる金儲けでしかないのかもしれん。わからん。
※ もちろん「障害児なんてカッコ悪くてイヤ」っていうクズも存在するとは思う。
※ バカって言うほうがバカ。差別って言うほうが差別者。
※ 我が子だから可愛くて愛しいのであって、「障害児だから愛しい」わけじゃないよね。
※ なんかグダグダになったスマン。
※ 2020年11月27日追記:7年前の文章ですがいまもわたくしの考えは変わらず、産まないという選択肢を取り上げることはこどものためにはならず、母親の、そして家庭のためにもならないと思っています。別の角度から見ると、女性の権利を訴える声が大きくなっていることもあり、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)に関する議論も多く、人工妊娠中絶に於ける考え方そのものが変わって来ているようにも思います。