先立つ者

ヒト日記 101-120
まじめな駄文

先立つ者

「たすけて……」

真夜中に電話が鳴った。
若い者のひとり暮らしならともかく、そうではない家の電話が夜中に鳴る場合は大抵良い知らせではない。

「たすけて、たすけて」

そう繰り返すまだ幼い声。

救急車を呼んだ。駆けつけた救急隊員が言う。

「首を絞められてますね。警察を呼びますから」

たすけて、たすけて……お母さんが血を吐いて倒れてるの……たすけて……

助けを求めた幼い声の持ち主はまだ8歳。真夜中に目を覚まし、母親の異変に気付いた時、

── そこに父親の姿はなかった。

 

それから数日後、新聞に小さな記事が載った。
ひとりの男が首を吊って死んでいる所を発見された、と。
傍らには遺書があった。

「妻をネクタイで絞め殺した。自分も死ぬ」

とんだ誤算だ。

絞め殺したはずの妻は息を吹き返し、寝かしつけたはずの子は母親のうめき声で目を覚ましてしまった。8歳の幼い子は怖くて、不安で、心配で、頼れる場所を一所懸命探して、探して、友達の家に電話をかけたのだ。

わたしの家の近所で起きた無理心中事件。借金があり、生きて行くことがもうできないと心中を企てた夫。子を寝かしつけ、妻を「絞め殺し」自分も死ぬつもりで県外に身を潜ませ、遺体で発見された時、彼は「殺人未遂の容疑者」として手配中だった。

妻は死ななかった。

しかし、死んだも同然だろう。首を絞められ、低酸素脳症で意識不明の重体なのだ。一命を取り留めたとしても、もう二度と愛する我が子を抱き締めてはやれないだろう。脳細胞は確実に破壊されてしまっている。

──

わたしの母と同じ職場で働く方が母にもらした話。

「昨日は大変だったのよ。ちょっと事件に巻き込まれてしまって……」

真夜中に「孫の友達」から電話がかかって来た。心配になって駆けつけると孫の友達の母親は血を吐いて倒れている。慌てて救急車を呼べば「殺人未遂で警察を呼びます」と衝撃的な言葉が耳を貫いた。

何時に電話がありましたか?
電話でどういう話をしましたか?
ドアを開けた時どういう状況でしたか?

真夜中の事情徴収。

そして8歳の幼い子は言う。

「お母さんの顔が目に焼き付いて離れない」と。

 

「借金を苦に自殺」「借金を苦に無理心中」新聞でテレビで雑誌で、誰でも一度は見聞きしたことがあるだろう。人間の限界など誰にもわからない。本人にさえわからないのだ。心の中に鉛を抱え、生きて行くことはおろか息をすることでさえ耐え難く、死を選択する者もいるだろう。

幼い子には果てしない可能性を秘めた未来があった。愛する我が子を、将来のある我が子を道連れにしなかったのは父親の優しさだったのだろうか。自分は生きて行けないが、せめておまえたちは生きろ、と。

自分の大好きな父親が大好きな母親を殺し、そしてその父親も絶えたというのに。母親は息を吹き返しはしたが意識不明の重体で、仮に意識が戻ったとしてもいままでと同じような生活は絶対に送れないというのに。大好きな両親を失って、8歳と2歳の幼い兄弟に何ができるというのだ。

「あなたのお父さんはお母さんの首を絞めて、そして自分も死んでしまったのよ」

どこまで隠し通せるというのだ。

幼い子に容赦なく降り注がれる同情と憐れみの視線。
可哀相にと言うだけで関わろうともしない親戚たち。

幼いふたりの子の将来は、父親の選んだ死によって確実に歪められてしまったのではないのか。

「生きること」が必ずしも正しいとは言えない世の中で、死を選択することを声高に断ずることはできない。「自殺はいけないことだ」などと説いた所で、いま正に死を選ばんとする人間を諭せるはずがない。誰だって最初から心の中に闇があるわけでも、鉛を抱えているわけでもないのだ。

自分が関わるすべてに、そして関わる中で選んで来た道に、状況に、環境に、生きる上で避けることのできないすべてに、「死ぬ理由」など溢れ返っている。それが自己責任の末路だとしても、死にたい者にとっては充分過ぎる理由となり得るのだ。

 

「生きたくても生きられないひとだっているというのに自ら死を選ぶだなんて、どこまで傲慢で我儘なんだろう。借金を苦に?そもそもその借金は誰がどうやって作ったんだ?死んでラクになろうとするんじゃねえよ。絶対に間違ってる。生きて頑張って借金返せよ。責任果たせよ」

 

外側からこんなことを言うのは容易だ。

心に深く根を下ろした暗闇は晴れることなく、きっとその当事者にしか理解することのできない痛みや苦しみがあっただろう。死ぬために生きる人間などいない。周りから見れば「短絡的」であったり「安易」であったりするのかもしれない。しかし、本人にとっての限界は「そこまで」であり、死を選ばざるを得ない状況だったことは確かなのだ。

本人はそれでいい。

「自ら選んだ道」なのだから。色々なことも考えたはずだ。きっと悩んで苦しんで出した結論だったに違いない。

では

残された者はどうすればいい?

自ら選んだわけではなく、望みもしない現実を突然叩き付けられる者の悲しみや痛みや恐怖は?残された幼いふたりの兄弟は何を憎めばいいのだ?いままで当たり前にあった両親のあたたかい腕が突然なくなってしまった寂しさをどうやって癒せばいいのだ?何を責めれば、何に縋れば、何を理解して何を許せば、その幼い兄弟のしあわせが返って来るのだ?

「お母さんは、どこ?」と訊く2歳の弟に8歳の兄は「お母さんはね、頭が痛くていま病院にいるの」と言う。弟は「でもお父さんがいるから寂しくないね」と言い、兄の友達を「お父さん、お父さん」と呼びながらずっと後を着いて行く。

2歳の、その幼く小さな心の中で何が起きているのだ。わずか8歳の兄の友達を「お父さん」と呼び、傍を離れようとしないその行動を、その小さな心の何が、どこが引き起こしているというのだ。

道連れにしなかったのは優しさか?愛する両親を失い、守ってくれる者もいない世の中で好奇の目に晒され、縋るものも、信じるものも、何もかもを失ってしまった幼い子に、「でも生きていればきっと良いこともあるから」と「希望を捨てないで」と「頑張って」と「負けないで」と、言ったところで何ひとつ救われない言葉で以ってその子を慰めたとしても、幼い子の手からすり抜けてしまったしあわせは二度と返らない。

誰が悪いのだ?
何が悪いのだ?
どうすればよかったのだ?
他に方法はなかったのか?
その道は正しかったのか?
どれだけ悩んだのだ?
どれだけ苦しんだのだ?
どれだけ考えたのだ?

 

残された幼い子のしあわせは、どこにありますか?