亡骸
猫がいた。
道路の真中に。
静かに横たわっていた。
さっきから降り始めた雪が、猫のからだの上に落ちては融けて行く。
濡れた被毛は二度と乾くことがないだろう。
横たわる小さな猫を、通り過ぎる車は避けながら走って行く。
確かに「そこ」にいるのに、猫の周りだけは時間が止まってしまったかのように、
現実と交わる事を拒否しているように見えた。
猫を撥ねた車は、今も街を走っているのだろう。
昨日の事など、なかった事にして。
「人間じゃなくてよかった」と、胸を撫で下ろしたりしたのだろうか。
横たわる猫を振り返ったりしたのだろうか。
「車は悪くない」
そんな事はわかっている。
ただ普通に道路を走っていただけだ。
そんな事はわかっている。
ただ
そこに取り残された猫には、最早言い訳をする機会さえ与えられてはいないのだ。
人間ならば、どんな状態であっても必ず病院に運ばれるだろう。
車の前に飛び出して来た猫は、病院に運ばれる事もなく
冷たい雪に被毛を濡らしながら、最後の瞬間を待つだけだ。
やがて誰かの通報によって、市の職員がやって来るだろう。
小さな猫に手を合わせ、猫を毛布で包み、車の荷台に乗せて運んで行くだろう。
短い一生を道路で終えた小さな猫を知る人はほとんどいない。
偶然横を通り過ぎた人達の心からもやがて風化されて行く。
「誰も悪くない」
私は一所懸命自分に言い聞かせる。
道路で横たわる猫を見る度に、私は必死になって自分に言い訳をする。
「誰も悪くないのだ」と。
神さま。
あの小さな猫は、迷わずあなたの元へ辿り着いただろうか。
雪で濡れた被毛を、一所懸命舐めて乾かしているだろうか。
願わくば、天国という場所が存在し、暖かいベッドで眠れる事を。