そもそもだな

2021年3月のひとりごと
いまの駄文

ここは墓場として作ったはず

そう、そもそもここは手元にある過去ログを全部載せて墓場として機能するはずの場所だったんだがまみやですこんばんは。それなのになぜ毎日更新をこんなに必死になってやっているのか。あ、暇だからじゃね? とか思った不届きものはピタリ賞として歩くたびに足の小指をどこかで必ずぶつける呪いをプレゼントいたします。黙って受け取れ。

ぼんやりしているうちに今年ももう残すところ十か月になったわけで、これが長いのか短いのかすらわからないという時点でいろいろとアウトだなって気もするわけですけども、当初の予定では今年の九月ですべてが終わるのでそれはそれでヨシって感じです。九月以降のことは考えてません。

これ、病院で話すと恐ろしいほど心配されるのですが、ここでちょっとおばあちゃんの知恵袋的なやつを。

なんでも、メンタルを病んで病院にかかったりしてるひとたちの中で、もっとも危ないのは普段と一切変わることなく普通に生きているひとらしいですよ。死にたい、死んでやる、と追い詰められた感をビシバシ発するひとよりは、普段と変わらないひとのほうが心配だ、とお医者先生が仰ってました。

死んでやるって言葉に出すひとは、それだけコミュニケーションをはかろうとしてるわけで、いわばSOSを周りに伝えることのできるひとだとか。なるほど、確かにそういわれればそうだよね、本当に死にたいなら言葉に出して止められる、なんて事態は避けたいことの上位三位内には入るよね。

なので飄々と、淡々としてるひとのほうが突然消えたりして怖いのだという話でした。受け持っている患者さんの中では声に出して周りにSOSを発するひとより普通にしているひとのほうが完遂率高かったとか。

まあ僕の場合はまだ半年あるから、その間にいろいろ考える時間もありそうだけどね。

それでも結構ここ数年は長かったような気がするなあ。