お見舞い

2021年2月のひとりごと
いまの駄文

無責任なことはわかっていますが

昨夜テレビから速報の音が聞こえたので何気なく目をやると、気象情報でもコロナ情報でもなく、地震情報でした。地震かあ…と画面に映し出された文字を追いかけ、福島、宮城という文字と震度6強という文字を脳内で理解したあと、6強って全然大丈夫じゃないよね? と続報を待っていると、番組が切り替わりました。

「原子力発電所に影響はありません」

「この地震による津波の心配はありません」

何度も何度も繰り返される同じ言葉に、どんどん指先が冷たくなって行きました。

 

あの日、揺れに気付かず出先から家に戻りテレビをつけると、どのチャンネルも同じように地震の模様を伝えていて、ああ、これはただごとではないんだな、と1995年の阪神・淡路大震災を思い出していました。

それからどんどん状況が悪くなり、画面に映し出される映像は濁流に飲み込まれて行く家屋が中心となりました。怖いという気持ちより、これって本物なのかな、もしかしたらCGでしたってことはないのかな、と脳内が現実を拒否していたことを憶えています。テレビで観ているだけなのに心が削られて行くことってあるんだな、としんどいな、と何度も思いました。

もちろん、その場で被害に遭われた方の比ではないことは承知の上です。

連日流れる津波の映像と、原発の悲惨さを伝えるニュース。特番も数え切れないほど作られ、忘れてはいけないのだ、と訴え掛けて来たように思います。

原発による汚染への過剰なまでの反応は、そのまま都市伝説のようにネットを駆け巡りました。いまでもチェルノブイリより酷かったと言う方がいることに、ただただ驚くばかりです。

 

差別を乗り越え、風評被害を乗り越え前に進んで来た方たちのことを思うと、今回の地震はあの日の地震より規模は小さくとも心を抉られるような思いをなさっているのではないか、とやり切れない気持ちで胸が痛みます。報道特番は通常放送に切り替わっているので、被害はそこまで大きくないのかな、と想像するしかありませんが。

誰が悪いわけでもない天災。

でも確実に苦しい思いをされている方がいらっしゃる中で、わたしは何もできませんが「負けないで欲しい」と、今日も無責任に願いを込めています。

どうか、負けないで。