本日休業

2021年のひとりごと
いまの駄文

いつだって休業中じゃねえか

ひと晩中雪は降り積もり窓の外を眺めると明らかに、昨日病院から戻って来た頃と比べ倍以上の積雪を観測。よーしふざけんなまみやですこんばんは。もう神も仏もないくらい無慈悲に積もる雪にめまいすら覚える。もうアナと雪の女王なんて二度と観ない!(正しい八つ当たり)

 

そういえば昨日病院の帰り道、成人式が執り行われているのを見掛けて驚きました。は? こんだけ感染者増えてるのに成人式? 何なの、頭湧いてるの?

ちなみにわたくしの棲む地域では、地区ごとにある公民館が成人式の開催権(権利か?)を持ち式を執り行うのですが、わたくしが見掛けた会場は九つの公民館が合同で開催、新成人が県外からの帰省者も含め約三百四十人集まるという、市内で一番大きな式が行われた場所です。

帰省者には二週間以上前までに帰省することを条件に参加を認め、会場では座席の間隔を空け、手渡しするはずの記念品はすでに座席に用意し、入口には三台の自動検温器を設置、受付では体調や連絡先などを記載するチェックシートが渡され参加者はそれを記入して提出。来賓の数を減らし、時間を短縮し、飲食を伴う懇親会も中止。

ここまで徹底しながら、式が終わったあとのエントランスでマスクも着けず密になる新成人たち。

「一生に一度の大切な日だ」と仰るのであれば、なおさらその大切な日が後々悔やむ結果を招く可能性を秘めたものであってはならんのでは?大体、新成人の目的は式典に出席することではなく「懐かしい面々に己の晴れ姿を披露し、式のあと仲間内でメシでも食いに行く」ことだろう?(満ちあふれる偏見)

 

\  ここで成人式の由来を学ぼう /

成人式は古くから「元服」や「裳着」という通過儀礼として執り行われていたが、第二次世界大戦敗戦後の沈み切った雰囲気の中、なんとか青年を励まし希望を持たせるために開催した「青年祭」をルーツに「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」という趣旨のもと、1949年に「成人の日」が制定され、その日に成人式(青年祭)を開催することとなった。※ オレによるWikipedia要約

 

「おとなになったことを自覚」した成人が、感染拡大がおさまらない中、「己の大切な日」のために集い密になることを疑問に思わないのか。館内の徹底した対策状況を鑑み、入口で固まって話に花を咲かせることが危険だとは思わないのか。中止されなかったから行った? まあそれは往々にしてあるだろう。

では県は、市は、公民館は、この感染拡大がおさまらない中で、なぜ式を決行したんだ? 首都圏には緊急事態宣言が発令され、首都では一日に二千人以上の新規感染者が認められ、重症者も増え続けているというのに、なぜ開催に踏み切ったんだ?

会場の対策が万全なのは当然として、式典のあと、新成人が何をするのか、どこに行くのかまで想像し、考え、対策を立てられないのであれば、成人式など「密になる機会を与え、そのあとの感染拡大に与しただけ」という結果を充分孕んだ催しになると思わないのか?

中止にすれば多くの企業が、ひとが、困ることになる。会場費・設営費・記念品に関わる企業、振袖のレンタル・着付け・ヘアメイクに関わる企業、そしてそれを予約した個人。

行政は、これらを「せっかくだから」「もったいないから」「ハレの日だから」と押し通し感染対策を施すのではなく、成人式は中止、それに関わる企業や個人への負担金を全額負担する、くらいの覚悟を持つべきだったんじゃないんだろうか。財源? そんなものは国から引きはがして来い。

 

一生に一度の大切な日だからこそ、新成人がネット上で悪し様に罵られるようなことがあってはならないと思うし、距離を取り、式の内容は省かれ、懇親会などもない成人式を形式的にやるよりは、日延べしてしっかりしたものを開催したほうがよほど成人式の趣旨に適ってると思う。