閃いた!

2020年のひとりごと
いまの駄文

この手は使える

血迷る仔羊のみなさまの中に、眼鏡をかけようとした際ツルの部分をあやまって目に突き刺したことのある方はいらっしゃいますかわたくしはありますつい先ほどの出来事ですが。痛いと感じる前に驚きでオノレのうっかり加減を罵りそうな勢いでしたまみやですこんにちは。うっかりではなく身体能力の衰えから来るものだったらどうしよう(あきらめろ)。

さて、夜ごと日ごとに溢れんばかりの過去ログをちまちま移植しているのですけども、いつまで経っても終わりの見えない作業にそろそろ飽きてまいりました。特技は放置、得意技は気分転換に始めた掃除がいつの間にか模様替えという大規模イベントに発展すること、属性は毒、弱点は猫という、まるで伝統文化を守り続ける職人のように20年守り続けて来たスタンス。そろそろどこかから表彰されても不思議じゃない(と思えるキサマの脳細胞が不思議だ)。

というわけで、あ、ここで「どういうわけなんだよ」などと気付く正常な思考をお持ちの方はこんな寂れたサイトの文章など読んでいる暇があるのならもっとためになるサイトをご覧になって知識のひとつでも増やされたほうが賢明です。Wikipediaとか。話が逸れた。

ちなみにWikipedia先生は誰でも自由に編集することができるため、たまにガセネタを掴まされる場合もありますのでなるべく一次情報に当たってみたほうがよいかもしれません(小声)。

えーと。

あ、そうそう、過去ログをちまちま移植しているわけですけども更新情報として新着にあがらないようにしているため、誰ひとりわたくしの血と汗と涙に気付いてくださらないことに寂しさを募らせた結果、このままでは寂しくて死んでしまううさぎ(※)と化してしまうことを危惧したわたくし、よい方法を発見しました。

更新したことを日記で宣伝すればええやないか!

そうすれば年記も月記になり日記に戻るかもしれないし、わたくしがのほほんとサボっているわけではないということもおわかりいただけるに違いない!

まず手始めにこの辺りを押し付けて紹介して行こう。

1999年1月の猫日記
1999 01 24 ぶーちゃんは、ナプキンが好きらしい。 うれしそうにくわえて遊んでいる。 おまえにゃ必要ないだろが。ばか。 1999 01 25 ...

……いま読み返すと何もかもがひどいアリサマですけども、1999年のものだということを心に刻みつつ念頭に置いて、広く大きく寛容な目でお読みいただけると幸いにございます。

それにしてもひどいなー…

 

※うさぎはそもそも野生動物なので寂しくて死ぬことはありませんが、野生動物ゆえに病気であることを悟られまいと平静を装う習性があるため、飼い主がうさぎの病気に気付くことができず飼い主の外出中に突然旅立ってしまう例が多いことから「飼い主のいない間に亡くなる=寂しいから」と言われるようになったそうです。

もうひとつは、うさぎは草食動物であるため胃腸が常に動いている状態を保たねばならず、12時間以上食べることができずにいると胃腸の動きが著しく弱まり生命の危機に陥るのだそうです。長時間出掛けるときはたくさんごはんを用意してあげてください。

ちなみにうさぎはポーカーフェイスを崩しませんが、「スタンピング(床ドン)」で怒りをあらわにしたり、「その場ジャンプ」で楽しさを表したり、「ラビットチェイス(うしろを着いて来る)」で愛情表現をしたりと、実はとても感情豊かな動物なのだそうです。

あとはアレだ、「ひとつ屋根の下(1993年)」というドラマの中で小雪(のりピー)が言った「うさぎって、寂しいと死んじゃうんだから」という台詞が、観ていた女性たちの心を震わせ首がもげるほど大きく頷かせ共感の嵐を呼んでしまったばっかりに、世の女性たちによる「わたしはうさぎなんだよ、寂しいと死んじゃうんだから」という謎の社会現象が定着したのだろうという説。いままで「死因:寂しかったから」という女の話など聞いたこともないが、男より圧倒的にたくましい生命力を有しながら、寂しいと死んじゃうなどと宣えるツラの皮の厚さにはある意味尊敬の念さえ覚える。死なねえ死なねえ!

なんだか本文より注釈部分のほうが多いような気もいたしますが、本文952字、注釈743字ですのでちゃんと本文のほうが多いということを念押しておきたいと思います。