死刑制度は必要か否か 1

死刑制度は必要か否か 1

死刑制度に関する話:2002年頃

斬鉄剣さま(懐かし過ぎるなおい)からの津波を食らったあと、という言い方もおこがましいですね。ナミさんがご自身のサイトでうちのしがないサイトを紹介してくださったあと、毎日閲覧してくださる方が増え、BBS(っていうのも懐かし過ぎるな)では盛んにいろんな話がなされている時期がありました。

その中で死刑についての議論があり、みなさまがお持ちになっているさまざまな考えに触れ、そこで多くのことを学ばせていただきました。

当時のログを個別に保存してあったので、今回はそのときの記録を公開しようと思います。お名前はハンドルネームでしょうが、当時のハンドルネームをいまもお使いの方もいらっしゃるかもしれないということを考慮し、すべてイニシャルで掲載します。

Iさま

人権保護団体は、さわぐ理由がほしいだけですから無視する方向で。
現実的にみて、死刑が一番無難といってしまうと多少の語弊はありますが・・・
日本の刑務所は一杯一杯だし、終身刑で税金使って養うのも腹が立つし、それ以上のどんなに重い刑罰があったとしても、それで被害者が納得するとは思えないし。「死刑」で納得するしかないのでは?

Hさま

「死刑」で納得するしかないのでは?
死んでも生きてても被害者やその周りの人の心は納得しないのでは?と思う。なら、死んでこの世からいなくなったほうがいい気がしますね。無期懲役なんてぬるい刑のことは置いておいて、終身刑は今の日本なら無理なのでは?税金もかかるしねー。

まみや様が前書いていたみたいに地雷除去させるのもいいと思う。ホントに軽すぎ日本って。被害者(の周り)の思うがママにさせるのが一番納得するんですけど。当事者以外が決めるのってなんかおかしくない?あと、当事者でもないのにぎゃわぎゃわ喚く人たちってどう見ても理解できませんなぁ。なんで、あんな風に一生懸命になるんだ?

Hさま

オイラは但し書きつきで「死刑賛成」です。
・遺族が死刑を希望する(そこまで希望しなかった場合のために終身刑も欲しい)
・希望することにより遺族も人を殺すことになる覚悟がある
・冤罪の可能性が無い

Mさま

「死刑」と云うモノが良いか悪いかは、なんとも決め兼ねますが、昔の仇討ち制度の復活があってもいいのでは、などと思います。犯罪は犯罪なので、当然仇討ちする側も罪にはなる。それでも構わないから、無念を晴らしたい・・・そういう人に仇討ちの許可がおりてもなお『人権尊重』を唱えて制止出来る人がいるでしょうか。

市民は、仇討ちに協力するよう情報提供をすること。追われる側は心安まらず、かといって助かる術もない。世界中を敵にまわした状況で仇討ちされるまで生きなければいけない。あくまでも仮想論なので、全く現実味を帯びていませんが「被害者は泣き寝入り」っていう現状は、やっぱり納得出来ないですね。

私はネコを2匹飼っていますが、もしこの仔達が心ない人になんらかの形で命を奪われるような事があったら、きっと正気ではいられない。認められてなくても、仇を討つ。たかがネコと言われても、私にとっては拾った日からずっと慈しんできた大事な命だから。(想像しただけで潤んでしまった。)

Rさま

英会話の先生とよく話し合う内容の中に「死刑」があるんですけど、(ルーシーさんの事件の時とか児童虐待死事件がある度に)「禁固300年」が絶対的に良いとは言い切れないけど、やっぱり今の日本の法律から比べたら確かにマシだと思うんですよね。あと、まみや姐さんの「地雷処理」もアリだと思う。

「二度と社会に出てきて欲しくない」「○○○の最期の苦しみや恐れを一生味わえ」「楽に死なせてたまるか」「できることならこの手で殺してやりたい」

身近な話ではないので推測の域を超えませんが、上記は遺族の口からよく聞かれる言葉じゃないかと思います。どういった形であれ、遺族の方の心の負担が少しでも軽くなるような(ならないだろうけど)方法があれば、と思います。仮に犯人が改心することがあったとして・・・塀の中で一生自分の犯した罪の大きさに恐れおののきながら悔やんでろ、て感じですかね。

Yさま

死刑のいい点は。税金使ってアホタレどもに無駄飯喰わさなくていい、ということ。税金も取られるからには有効に使って欲しいもん。

Dさま

私は「死刑」については賛成というか、Iさんのおっしゃるように「無難」といった考えです。冤罪はあってはなりませんが。。。

「仇討ち」とか「被害者で決める」とかのほうが被害者の遺族にとっては better だし、最も納得できると私も思いますが、あまり現実的ではないと思います。というのはですね、仇討ちを例にとると、仇討ちされた側の遺族がまた逆に仇討ちしても良いか?という問題が出てくるからです。加害者本人の人権などは知ったこっちゃありませんが、「加害者の親族も人権なんかないんじゃぁワレ」というのはさすがに言いすぎだと思うので。。。とすると、「法の下に平等」と憲法にある以上、「逆の仇討ち」も認めざるを得ないことになってしまいかねません。

まあそんなわけで、私は(あくまで私の考えですが)代わりに「国家が成敗する」というのが最も無難ではあるとは思います。あ、あとまみやさんの「地雷処理」って私も大賛成。単なる「絞首刑」よりもこっちのほうがむしろ良いかも。

あと、死刑が宣告されても執行までけっこう時間がかかっている(下手すると10年以上)という話を聞くのですが、それってどうしてなんでしょう?まさか「てめぇみたいなモンは死ぬ前にゆっくり死の恐怖を味わっとけや」という考えではないとは思いますが。。。

それと、話がずれてしまって申し訳ないですが、今の刑法云々より少年法をなんとかしろと言いたいのは私だけですか?最近未成年者の凶悪犯罪が多く報じられていますが、ヤツらは少年法に守られていることをいいことに死刑どころか2、3年少年院で過ごせばまだシャバに出てこられるし、しかも顔や名前が大々的に報じられない(ネットとかで流出することはありますが、それはおいといて)。まあ報じられることの是非はともかく、未成年だからというそれだけの理由で罪が大幅に軽くなるのは間違っていると思うのはぢぶんだけでしょうか?私は年齢に関係なく「凶悪」殺人犯(すべての殺人犯にあらず)に人権なんかないんじゃコラと思うのですが。。。

Tさま

知ってる人が殺されてないので分かりません。許せるかもしれないし、殺しに行くかもしれないし。どのみち、失った大事なものを忘れず自分が前向きに生きていける道を探すと思います。

Nさま

「凶悪」殺人犯に人権はなし。オレもそれは同意見です。まず、オレは刑務所に入ること自体が「償い」だとは思っていません。そいつが自業自得でブタ箱にはいったって結局その犯人の問題。残された人たち、被害を受けた人たちとは全くの無関係ですよね。それと、少年法もそうだけど何で精神病患者だと無罪になるんだろって思う。「殺人」の弁護がみんな「精神鑑定」をするのはいかがなものか?オレはそんな「精神病患者」こそ、「何をするのかわからない」といった意味で野放しにしてはいけないと思うし、第一、この「精神鑑定」がエスカレートすれば
「精神に(些細でも)異常をきたすことのあるヒト」=「犯罪者予備群」とされてしまうのではないか?だから、殺人のときにすぐに「精神鑑定」に頼ってしまうのは精神が安定しなくて苦しんでいる人たちにとってもえらい迷惑なのではないでしょうか?

死刑は大賛成ではもちろんありません。しかし、「必要」なんだと思います。甘っちょろい人権擁護団体は自分の本当に親しいヒトや肉親、命を懸けても守りたいヒトが惨殺されたときでも犯人に「人権」を掲げるのだろうか?仮にオレが遺族として「人権」を片手に「無罪」「減刑」を主張されたらめちゃめちゃ腹立つし、きっと犯人をこの手で何とかしてやろうと思うでしょう。

あと、残念ながら、ヒトを殺しても苦悩しない人間ってどうやらいるみたいです。たとえば、幼女殺人のオタクヤローとか。某宗教の教祖サマとか。そんな奴のために「終身刑」とか「無期懲役」は意味がないでしょう。ヒトの痛みをわかろうとしない奴は社会にいる資格はないと思うし第一他が迷惑。地雷処理、のはなし、かなり感心しました。確かにそれだったらオレが考える「償い」も少しは出来るかもしれない、と。あと、それだったら新薬の実験サンプルとかもいいかもしれない。

Hさま

自分の意見は、死刑はあって然るべきだと思います。人一人の死って、軽くは無いですよね?残された家族や、恋人にとっては・・・。

もし、自分の大切な人が殺されたりしたら、[その犯人を殺してやりたい!]と思うと思う。殺すまでは、いかなくても社会的に死んでもらいたいです。何事も無かったように、のうのうと生きてて欲しくは無いです!人を殺しても、罪の意識を感じない人は人として何か欠如してると思うので、そういう方には、ぴったりなのでは??

まみやさんの、地雷撤去には大賛成です。社会的にも最後くらいは、役に立ってもらいたいですし何より本当にあれば、自分の奪った命の重みを解ってもらえる、いい機会だと思いますよ。

Hさま

死刑と同等な刑ってどんなのが考えられるでしょうね?禁固100年とかよりも死刑の方がましだという受刑者も居ると聞いたことがありますが、どうなんでしょうね?

いずれにせよ、被害者の遺族が納得出来るような刑を与えるのが一番だと思います。でも、日本では被害者の遺族の気持ちが十分汲み取られているわけじゃないようです。もしかしたら、死刑を望むよりは、一生刑務所から出てこないで反省して欲しいと望む遺族も居るかも知れません。そんなわけで、裁判も陪審員制度にしたらもう少しはマシになる気がします。

Gさま

死刑の執行令状って、法務大臣のハンコが要るんです。歴代の法務大臣が「国家による殺人」というフレーズにビビってハンコを捺したがらないので、なかなか死刑が執行されない……という話を聞いたことがあります。逆に(?)一度に十数人分の令状に「えぃやぁっ!」とハンコ捺して、「私は死刑廃止には反対です」とドきっぱり仰った方もいらっしゃいます。

え、私ですか? 死刑廃止にはもちろん反対です。もしも自分が被害者の家族で、加害者の身柄を引き渡してもらえるのなら、足の先からゆっくり切り刻んで、肉を調理して食べちゃうかも。

Kさま

死刑ですか・・・。
個人的には殺人犯は全員死刑で良しだと思います。死んで償っていただきませう。まみやさんが言うように、地雷撤去でもいいかもしんないです。さすがに命の大事さがわかってくれるでしょう。

Sさま

死刑がなかなかおこなわれない理由の一つはK様がおっしゃったとおりですね。その時々の法務大臣の思想に基づきます。でもそれは死刑の執行待ちの人ですね。よしそろそろ君は死刑だなってのが確定した人です。

高校のときに教わったことですからうろ覚えですが死刑が行われるのは罪人が改心してないと駄目らしいです。なぜならてめぇみたいなモンは死ぬ前にゆっくり死の恐怖を味わっとけや」というものにも近いのかもしれませんが、自分の犯した罪の重大さに気付かぬものを死刑にしてもそれが何の意味を持つかという事に関わるそうです。

最近の事件で言えばあれですよ。あの、池田小学校乱入事件の犯人。彼は「死刑になりたかった」といってましたよね。仮に本気でそう思っている人が死刑になったところで意味はないと国家は考えるわけです。遺族にしてみても自分の最愛のものを殺されたのに犯人の望みどおりの結末、謝罪や反省の言葉もないまま死刑を執行することの意味ってないですよね。

ということで、死刑が執行されるまではかなりの時間を要するらしいです。あと、死刑を宣告する裁判官も大抵死刑を避けたいと考えるようですね。なぜなら自分が一人の人間の生殺与奪権を持つわけじゃないですか。もしもこれが冤罪だったら、果して真犯人だったとして自分が人を殺すことを承認するのか?などなど裁判官の苦悩は絶えないそうです。(被害者の遺族の苦悩とはまた比べられないですけど)

先日日本でも初めての試みとかで少年犯罪の被害者遺族と加害者が直接対話をするというような記事が新聞に載っておりました。アメリカなんかでは以前から行われているようで、統計的には遺族も直接加害者に自分の心情を訴えることができ、直接加害者から謝罪を得ることができ、加害者の社会復帰、被害者の心の傷を癒すのに大変効果的という論文も発表されてるそうです。それが死刑廃止と関係するかはまた別として、できうるならば被害者遺族が加害者に直接何かを言える場を設けるのも遺族の心のケアには必要かもしれませんね。裁く場ではなく話す場を。

って、あんまり死刑に関係なくなりましたねすいません。

Sさま

殺人犯は容赦なく「死刑」とありますが、殺人犯に敵討ちをしたヒトも殺人犯ですが、そのヒトもやはり容赦なく死刑にしたほうが良いのでしょうか?

親が虐待で子供を殺すケースもあれば、何年か前に親が家庭内暴力を振るう息子をバットで殴り殺した事件もありました。その方は比較的軽い刑でした。殺人を犯す理由なんて考えたくないけど、やはり背景などもじっくり
考えた上で裁きを下す必要はあると思います。

どこかに必殺!仕事人みたいな人がいないかなぁ・・

Nさま

みなさんは、人を殺した者は全て死刑になるべきだ、とお考えなのですか?
もちろん、私も昨今の残虐極まりない事件には憤りを感じますし、愛する人を殺された遺族の方々の気持ちを考えるとそれだけで涙がこぼれたりします。

でもちょっと待ってください。
「加害者には生きる権利はない」「地雷除去させろ」「死刑よりももっと苦しむ方法を」
こういった言葉ってこの掲示板だけじゃなくて世間のいろんなところで聞かれたりしますよね。特に顕著だったのがあの池田小殺傷事件の時だったような気がします。もしちょっとでも違った意見を言うとこういった意見に押しつぶされそうだな・・・という印象をずっと持っていました。

私が思うのは、「みなさんは被害者にしかなり得ない人物なのですか?」ということなのです。どうして私たちが加害者にならないっていう保証があるのですか?もしかしたら、自分達を取り巻く環境が少しでも違ってたら加害者になるかもしれないって考えてみた事はありますか?

私はそんなに強い人間ではありません。もしかしてとても好きな人に裏切られたら、殺してしまうかもしれない。

被害者の方々の気持ちを考える事はとても大事な事だと思います。でも、人間は「被害者」にも「加害者」にもなりえる存在なんだという事を頭に入れておけば、もっと違った風に考えられるかもしれないと思うのです。

加害者の人権ばかりが取りざたされてもいいとは思いません。そこを誤解されてもらっては困るのですが・・・。でも、加害者は全て殺してしまえばいいともどうしても思えないのです。

前に私の知り合いが、法というものは「全ての人に」やさしく、また「全ての人に」厳しくなければいけないんだというのを聞いて感心したのを思い出しました。

Kさま

死刑反対です。
貴重な臓物です、リサイクルの方向で。

せめて、死んでから役に立てや!

Iさま

死刑はあっても良いと思いますが、どちらかと言うと、無期懲役の方に疑問を感じます。
無期と言っても、15年前後で出て来れるわけだし。

でも、命を奪った代償は、命でしか返せないと思ってます。

Oさま

加害者よりも被害者の心のケアを大事にしなければならない。みなさんの言っている通り、僕もそう思います。それは大前提。…のはずが今の日本の刑法はそうなっていないんですねぇ…。

裁判には「判例」というものがあって、「殺人2人までなら無期懲役、3人を超えると死刑」とか、ある程度決まりきった基準があるそうです(具体的な人数とかは知りません)。そして、裁判官は「公正に」判決を下す義務があるわけで。

ただ、僕が思うのは「刑罰は手段でしかない」ってこと。本当の目的は、理想を言えば、加害者が悔い改め、被害者が癒されることであるはずです。理想を忘れ、血を血で洗う世の中にはなって欲しくない。犯罪者に人権はないというのは言い過ぎではないでしょうか。

刑罰で縛るのではなく、道徳心を育てることで犯罪がなくなっていけばいいなぁ。自分でも甘ちゃんな考えだと思うけど。

Yさま

個人的に「死刑」は賛成です。
最も今現在、殺人犯が悔い改め、被害者が納得する、癒される方法がないからそう思っています。

その2に続きます

思った以上に分量あった!全部で6ページあるのですが、今回の掲載で2ページ分です。字数考えると大変なことになりそうなので分割して掲載することにします。